『母を恋ふる記』あらすじ 感想

潤一の悲運

まもなく潤一の胸の中は夜道の恐ろしさよりも、もっとやるせない悲しみで一杯になりました。

というのは潤一はもともと裕福な家の子供でした。

それが急に家運が傾いて、にぎやかな日本橋の真ん中から、こんな辺鄙な片田舎へひっこさなければならなくなったのです。

潤一はこの前までは

黄八丈の綿入れに艶々とした糸織の羽織を着て、ちょいと出るにもキャラコの足袋に表付きの駒下駄を穿いて居た

という坊っちゃんらしい恰好をしていたのに、いまでは

まるで寺小屋の芝居に出て来る涎くりのような、うすぎたない、見すぼらしい、人前に出るさえ恥かしい姿

手にも足にもひびやあかぎれが切れて軽石のようにざらざら

になってしまっています。

そうです、ばあやがいなくなったのもあたりまえでした。

もう潤一の家にはばあやを雇うほどのお金がないのです。

それどころか幼い潤一すらお父さん、お母さんを助けるために一緒に働かなくてはならない境遇でした。

今の潤一は毎日、

水を汲んだり、火を起したり、雑巾がけをしたり、遠い所へお使 いに行ったり、

というお手伝いに追われているのです。

潤一は日本橋の中心地で何不自由なく暮らしていたころのことを回想してせつなくなります。

もう、あの美しい錦絵のような人形町の夜の巷をうろつく事は出来ないのか。

水天宮の縁日にも、茅場町の薬師様にも、もう遊びに行く事は出来ないのか。

それにしても米屋町の美代ちゃんは今頃どうして居るだろう。

鎧橋の船頭の枠の鉄公はどうしただろう。

蒲鉾屋の新公や、下駄屋の幸次郎や、あの連中は今でも仲よく連れだって、煙草屋の柿内の二階で毎日毎日芝居ごっこをして居るだろうか。

もうあの連中とは、大人になるまで恐らくは再び廻り思う時はない。

それを考えると恨めしくもあり情なくもある。

しかし潤一の悲しみはそれだけではなくてもっと深いものがありそうでした。

それは潤一にもなんの悲しみであるのかわかりません。

私の胸には理由の知れな い無限の悲しみが、ひしひしと迫って居るのである。

なぜ此のように悲しいのだろう。

そうして又、それ程悲しく思いながらなぜ私は泣かないのだろう。

私は不断の泣虫にも似合わず、涙一滴こぼしては居ないのである。

たとえば哀音に充ちた三味線を 聞く時のような、冴え冴えとした、透き徹った清水のように澄み渡った悲しみが、何処からともなく心の奥に吹き込まれて来るのである。