谷崎潤一郎『魔術師』あらすじ 感想 考察


あらすじ

架空の異国の怪しい魅力を放つ公園

私があの魔術師に会ったのは、

何所の国の何と云う町であったか、

今でははっきりと覚えて居ません。

 

――どうかすると、其れは日本の東京のようにも思われますが、

或る時は又南洋や南米の殖民地であったような、

或は支那か印度辺の船着場であったような気もするのです。

物語はこのように始まります。

つまり舞台は実際には地球上には存在しない、架空の町なのです。

その町には怪しい魅力を放つ公園がありました。

それがどんな公園だったかというと……

あなたが、其の場性質や光景や雰囲気に関してもう少し明瞭な観念を得たいと云うならば、

まあ私は手短かに浅草の六区に似て居る、

あれよりももっと不思議な、

もっと乱雑な、そうしてもっと頽爛した公園であったと云って置きましょう。

 

若しもあなたが、浅草の公園に似て居ると云う説明を聞いて、

其所に何等の美しさをも懐しさをも感ぜず、

寧ろ不愉快な汚穢な土地を連想するようなら、

其れはあなたの「美」に対する考え方が、

私とまるきり違って居る結果なのです。

 

私は勿論、十二階の塔の下の方に棲んで居る“venal nymph”の一群をさして、

美しいと云うのではありません。

 

私の云うのは、あの公園全体の空気の事です。

 

暗黒な洞窟を裏面に控えつつ、

表へ廻ると常に明るい歓ばしい顔つきをして、

好奇な大胆な眼を輝やかし、

夜な夜な毒々しい化粧を誇って居る公園全体の情調を云うのです。

 

善も悪も美も醜も、笑いも涙も、

凡べての物を溶解して、

ますます巧眩な光を放ち、

炳絢な色を湛えて居る偉大な公園の、

海のような壮観を云うのです。

 

そうして、私が今語ろうとする或る国の或る公園は、

偉大と混濁との点に於いて、

六区よりも更に一層六区式な、

怪異な殺伐な土地であったと記憶して居ます。

 

浅草の公園を、鼻持ちのならない俗悪な場所だと感ずる人に、

あの国の公園を見せたなら果して何と云うであろう。

 

其所には俗悪以上の野蛮と不潔と潰敗とが、

溝の下水の澱んだように堆積して、

昼は熱帯の白日の下に、

夜は煌々たる灯火の光に、

恥づる色なく発き曝され、

絶えず蒸し蒸しと悪臭を醗酵させて居るのでした。

 

けれども、支那料理の皮蛋の旨さを解する人は、

暗緑色に腐り壊れた鵞の卵の、

胸をむかむかさせるような異様な匂いを堀り返しつつ、

中に含まれた芳欝な渥味に舌を鳴らすと云う事です。

 

私が始めてあの公園へ這入った時にも、

ちょうど其れと同じような、

薄気味の悪い面白さに襲われました。

かなり長い引用になりましたが、この架空の異国の町の雰囲気がわかったかと思います。

人間には明るく、清潔で整ったものを美しいと感じる一方、上記のような雰囲気に惹かれてしまうところがあるのですね。

例えば今は取り壊された香港の超巨大スラム街、「九龍城砦」なども、ゲームやレストランになったりして、日本人に人気がありますよね。

他にもごちゃごちゃしたカオス的な街、というのは人を引き付ける魅力があり、映画やアニメーションなどエンターティメントの中でよく使われます。

この小説はそんな異様な美しさを放つ公園を舞台とした耽美的ストーリーです。
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