期待外れ
家が近づいてくると、おいしそうな食べ物の匂いがします。
みそ汁や、魚を焼く匂いでした。
きっとそうに違いない。
早くあそこに行って、お母さんと一緒に秋刀魚とみそ汁を食べたいな。
潤一はついにその家にたどり着きました。
中をのぞくと、潤一の思った通りお母さんが後ろ向きになって手ぬぐいを姐さんかぶりにして、台所で炊事をしていました。
潤一はこう考えました。
東京で何不足なく暮していた時分には、ついぞ御飯なぞを炊いたことはなかったのに、さだめしお母さんは辛いことだろう。
お母さんの背中は、丸くなっていました。
と潤一は思います。
潤一はお母さんに声をかけます。
潤一が帰って来たんですよ。
振り向いたお母さんは髪の毛は白髪交じり、頬にも額にも深いしわが寄っています。
目はしょぼしょぼとしていて、目やにだらけです。
お前は誰だったかね?
お前は私の枠だったかね?
ええそうです。
私はお母さんの枠です。
枠の潤一が帰って来たんです。
私はもう長い間、十年も二十年もこうして忰の帰るのを待っているんだが、しかし お前さんは私の忰ではないらしい。
私の忰はもっと大きくなっている筈だ。
そうして 今にこの街道のこの家の前を通る筈だ。
私は潤一なぞと云う子は持たない。
ああそうでしたか。
あなたは余所のお婆さんでしたか。
たしかにこの女性は潤一のお母さんにしては老けすぎです。
いくら落ちぶれて苦労したとしても、潤一の母の年齢でここまで老けてしまうはずがありません。
そうすると潤一の母はいったいどこにいるのでしょう?
ねえお婆さん!
私はわたしのお母さんに会いたくて、こうして此の街道を先から歩いて居るんですが、お婆さんは私のお母さんの家が何処にあるか知らないでしょうか?
お婆さんは
と冷たい態度。
おなかぺこぺこの潤一はお婆さんに食事をめぐんでくれるようにたのみますが、お婆さんは
お前なんかにやれないよ。
と冷たい態度です。
いくら頼んでも食べ物をわけてくれないので潤一はついにあきらめて家を出ました。