谷崎潤一郎『鍵』 あらすじ

妻が酒盛りの後昏睡する 妻の昏睡後、夫の楽しみ

一月二十八日(夫の日記)

今夜妻が突然人事不省となりました。

また木村がきて夕食後ブランデーの酒盛りとなります。

敏子はブランデーが始まると部屋に引き取ってしまいました。

妻も酔いが過ぎると、時々中座して便所に隠れてしまいます。

妻は今日は一度姿を消した妻が、なかなか戻ってきませんでした。

おかしいと思った木村が敏子を呼んで、二人で妻を探す。

その間夫は食卓で待っていました。

まもなく木村と敏子は、妻を風呂で発見しました。

妻は浴槽のふちに手をかけ、その上に顔をうつぶせにして眠っていたといいます。

敏子が声をかけても返事をしません。

この時点で夫が木村に呼ばれ、風呂場にやってきました。

夫が妻の脈を取ると、脈拍が微弱でした。

一分間に九十以上百近くも打っています。

夫と娘で協力して裸の妻を浴室から出します。

その後木村と夫が協力して裸体の妻の体をふき取りました。

木村は妻の上半身を拭き、夫は妻の下半身を拭きました。

夫が木村に、妻の裸体をぬぐわせたのは、自分の嫉妬心に火をつけるためです。

医者を呼んだところとくに命に別状はないようでした。

一月二十九日(夫の日記)

妻は昨晩の事件いらいこんこんと眠り続けています。

医者と木村が帰った後、夫は熟睡している妻のベッドに近づきました。

電気スタンドのシェードの上に被せてあった黒い布覆いを取り除いて室内を明るくします。

そして電気スタンドをベッドに近づけていて、彼女の全身を照らしました。

夫の心臓は激しく脈打ちます。

以前から夢見ていたことが今夜こそ実行できると興奮します。

夫は二階の書斎のデスクから蛍光灯ランプをもってきてベッドの近くに置きます。

夫は妻の着ているものを剥ぎ取ると、フロアスタンドと蛍光灯ランプで妻の裸体をくまなく照らしました。

そして彼女の裸体を地図を調べるように詳細に調べ始めました。

夫はその一点の汚れもない美しい裸体に驚嘆します。

夫は結婚してから二十数年、今日まで妻の裸体をこうもはっきりと見たことがなかったのでした。

妻は夫婦の行為を暗いところでするのを好み、自分の裸体をほんの一部しか見せてくれなかったのです。

夫は裸体の妻を仰向けにしたりひっくり返したりして観察します。

また今までやってみたかったけど妻が許してできなかったこと、たとえば足を舌で愛撫する、などをします。

そうこうしているうちに夫は妻の腹の上に眼鏡を落としてしまいます。

妻は一瞬目を覚ましたかのようでした。

夫は彼女に睡眠薬を飲ませると、また妻は眠ります。

そして夫は半醒半睡の妻と夫婦の行為に及びます。

十分情欲をかきたてた後だったためか、十分に妻を満足させることができました。

しかし妻は行為の最中「木村さん」とうわごとを言ったのです。

夫はこんなことを考えます。

妻は木村と男女のことをしている夢をみたのだろうか?

それとも寝ているふりをしていて実はおきていて、夫に「あなたが私にこんな悪戯をするなら私は行為の最中に別の男の名前を言ってやりますよ」といいたいのだろうか……

一月三十日(妻の日記)

私はまだベッドの中にいる。

おとといの夜のことを思い出している。

私はあの晩ブランデーで悪酔いをして、便所に長い間閉じこもっていたが、その間に体中が便所くさくなった気がして、便所を出て、風呂に入ったのだった。

そしてその後記憶がおぼろげだ。

気がつくとベッドの中にいて、早い朝の日光が寝室を薄明るくしていた。

それ以後ずっと意識がハッキリしつづけていたわけではない。

私は頭が割れるように痛み、全身がズシンと深く沈下して行くのを感じつつ幾度も眼が覚めたり睡ったりすることを繰り返していた、―――いや、完全に覚め切ることも睡り切ることもなく、その中間の状態を昨日一日繰り返していた。

頭はガンガン痛かったけれども、その痛さを忘れさせる奇怪な世界を出たりはいったりしつづけていた。

あれはたしかに夢に違いないけれども、あんなに鮮かな、事実らしい夢というものがあるだろうか。

私は最初、突然自分が肉体的な鋭い痛苦と悦楽との頂天に達していることに心づき、夫にしては珍しく力強い充実感を感じさせると不思議に思っていたのだったが、間もなく私の上にいるのは夫ではなくて木村さんであることが分った。

それでは私を介抱するために木村さんはここに泊っていたのだろうか。

夫はどこへ行ったのだろうか。

私はこんな道ならぬことをしてよいのだろうか。

………しかし、私にそんなことを考える餘裕を許さないほどその快感は素晴らしいものだった。

夫は今までにただの一度もこれほどの快感を与えてくれたことはなかった。

夫婦生活を始めてから二十何年間、夫は何とつまらない、およそこれとは似ても似つかない、生ぬるい、煮えきらない、後味の悪いものを私に味あわせていたことだろう。

今にして思えばあんなものは真の性交ではなかったのだ。

これがほんとのものだったのだ。

木村さんが私にこれを教えてくれたのだ。

しかし妻はこうも言っています。

………私はそう思う一方、それがほんとうは一部分夢であることも分っていた。

私を抱擁している男は木村さんのように見えるけれども、それは夢の中でそう感じているので、実はこの男は夫なのだということ、―――夫に抱かれながら、それを木村さんと感じているのだということ、

妻は一昨日の晩夫にされたことをほぼ正確に感づいていました。

夫が妻の意識がないのをいいことにいろいろ体をもてあそんだことも、また蛍光灯のことも……妻は夫のことはほぼお見通しなのです。

しかし妻はたとえそれが夢であったとしても木村さんとのセックスに非常に満足しているのです。

それはとても夢とは思えない、生々しいものでした。

そして妻はこう考えます。

こんないい思いができるのなら、これからどんどんブランデーを飲もう。

それにしても夢で見た木村さんのたくましく美しい裸体は本当はどんなふうなのだろうか?

夢で見たのはただの私の幻想なのだろうか?

それとも本当に木村さんはあんなふうなのかしら??

一度木村さんのハダカを見てみたいわ! 

一月三十日(夫の日記)

今日は一昨日とまったく同じ。

木村が夕飯にやってきて、酒盛りが始まる。

今日は木村は当初は「お見舞い」という名目でやってきたのだが、夫が「飲みなおそうよ」と言うと妻がニヤニヤして、木村もなかなか腰を上げない。

そしてついにまたブランデーの酒盛りが始まってしまった。

酒盛りが始まると敏子は自分の部屋に引きこもる。

まもなく妻が見えなくなり風呂で倒れている。

そしてその後の夫の行動も一昨日とまったく同じ。

夫婦の行為の最中妻はまた「木村さん」と口走る。

いったいみんな何を考えているのでしょうね……

二月九日(妻の日記)

このところほとんど三日置きぐらいに木村さんが来てブランデーが始まり、クルボアジエはすでに二本目が空からになり、そのたびごとに私が風呂場で倒れる(中略)寝室で時々煌々こうこうと電燈が点ともったり、螢光燈ランプが輝いたりする

娘の敏子が別居させてくれと母親に言いました。

下宿先は彼女の大学の先生のフランス人の老婦人の家です。

その人の家に空き部屋があるのでそこに住まわせてもらうことにしたといいます。

別居の理由は敏子がいうには「静かに勉強したいから」というものでしたが、妻はこう考えます。

最近の家庭内の不潔な雰囲気に耐えられなくなったのかもしれない、それともほかにも理由があるのかもしれない……