谷崎潤一郎『少年』あらすじ

犬ごっこ

光子がお風呂で顔を洗ってきた後、また信一の提案で別の遊びが始まります。

「今度は私あたしが人間で三人犬にならないか。私がお菓子や何かを投げてやるから、皆みんな四つ這いになって其れを喰べるのさ。ね、いゝだろ」
と云い出した。

「よし来た、やりましょう。―――さあ犬になりましたよ。わん、わん、わん」

早速仙吉は四つ這いになって、座敷中を威勢よく駈け廻る。

其の尾について又私が駈け出すと光子も何と思ったか、
「あたしは雌犬よ」
と、私達の中へわり込んで来て、其処ら中を這い廻った。

「ほら、ちん/\。………お預け/\」
などゝ三人は勝手な藝をやらせられた揚句、

「よウし!」
と云われゝば、先を争ってお菓子のある方へ跳び込んで行く。

信一が「あゝ好い事がある。待て、待て」と狆を二匹連れてきました。

信一は喰いかけの餡ころ、鼻糞や唾のついた饅頭だのを畳にばらばら振りまきます。

それを四つん這いになった三人の子供と二匹の犬が、奪い合います。

お菓子を平らげてしまうと犬と子供たちは今度は信一の指の先や足の裏をぺろぺろ舐めました。

「あゝ擽ぐったい、擽ぐったい」と、信一は欄干に腰をかけて、真っ白な柔かい足の裏を迭る/″\(かわるがわる)私達の鼻先へつき出した。

「人間の足は塩辛い酸っぱい味がするものだ。綺麗な人は、足の指の爪の恰好まで綺麗に出来て居る」

こんな事を考えながら私は一生懸命五本の指の股をしゃぶった。

狆はます/\じゃれつき出して仰向きに倒れて四つ足を虚空に踊らせ、裾を咬えてはぐい/\引っ張るので、信一も面白がって足で顔を撫でゝやったり、腹を揉んでやったり、いろ/\な事をする。

私も其の真似をして裾を引っ張ると、信一の足の裏は、狆と同じように頬を蹈んだり額を撫でたりしてくれたが、眼球の上を踵で押された時と、土蹈まずで唇を塞がれた時は少し苦しかった。