谷崎潤一郎『夢の浮橋』


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生母と継母

五十四帖を読み終り侍りて

ほととぎす五位の庵に来啼く今日

渡りをへたる夢のうきはし

(源氏物語五十四帖を読み終えた

ほとどぎすが五位の庵(主人公の家系が先祖代々住む屋敷)に来て鳴く今日

「夢浮橋(源氏物語の最後の帖)」を読み終えた)

これは糺(ただす)の今はあの世の人となった母が残した歌です。

近衛流という万葉仮名をたくさん使う書道の流派の書法で色紙に書かれています。

しかしこれが糺(ただす)の生母なのか継母の作品なのかわかりません。

歌の書かれた色紙には「茅渟(ちぬ)女」とと書かれていますが、主人公の母も継母も二人とも「茅渟(ちぬ)」という名前を使っていたのです。

糺(ただす)の生母は戸籍上の名前も「茅渟(ちぬ)」でした。

継母は本名は別にありましたが、父に嫁いで以来、「茅渟(ちぬ)」という名前を使い、本名を使ったことはありませんでした。

父親が継母に書いた手紙はすべて「茅渟(ちぬ)殿」宛になっています。

また実母も継母も女性には珍しく近衛流の書道を稽古していたので、糺(ただす)はこの色紙が実母によるものか継母によるものか判断できないのです。

(近衛流の書体は漢字をたくさん使い、また肉厚な男性的な書体)

そして糺(ただす)の幼い頃の母に対する思い出も、それが実母のものだったのか、継母のものだったのかあいまいなのです。

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