継母の死
糺(ただす)が沢子と結婚して三年、糺(ただす)が大学三年生の初夏でした。
夜十一時頃、糺(ただす)は沢子に強く揺り起こされて眼を覚ましました。
お母さんがえらいこってすのや、起きとくりやす
沢子に連れられて、母の寝室に急ぎます。
継母はうつ伏せに寝て、枕を両手で苦しそうにつかんでいます。
微かなうめき声を漏らしていました。
あんた、これやのどすがな
沢子はそう言って、継母の枕もとの畳の上に伏せてある団扇をとってのけてみせました。
団扇の下には一匹の大きなムカデが押しつぶされて死んでいました。
沢子に事情を聴くと、その夜沢子は、十時過ぎから継母のいいつけで継母の体を揉んでいました。
肩から腰を揉み終わって、右足の踝を揉んでいる時でした。
それまですやすやと寝息を立てていた継母が、にわかに苦悶の声を発して、足の指先を痙攣させます。
沢子が驚いて、仰向きに寝ている継母の顔を覗き込もうとすると、ムカデが継母の心臓部に近い所をはっていました。
仰天して沢子は近くに転がっていた団扇で払いのけます。
ムカデが畳に落ちたので、沢子は団扇の上から手で押しつぶしたというのです。
すぐに医者が駆け付け、応急の措置を取りました。
しかし母の苦悶は刻刻に増していき、最後には亡くなってしまいました。
医者の言葉は
ショック死と考えるより外考えようがありません
というものでした。
沢子は
うちがもうちょっと気イつけてたらよかったのに、……
ついうっかりしてお御足やの方ばっかり揉んでまして、……
私が悪おしたんや、私が悪おしたんや
と声を上げて泣きました。
しかし糺(ただす)は沢子にこのような疑いを持っています。
沢子が継母を按摩していた部屋にはムカデがしばしば出ました。
だからたびたびこの部屋で母を按摩していた沢子が
というような考えを持ってもおかしくないのでした。
もっともムカデを人の肌に這わせても、その人が亡くなることなんてめったにないでしょう。
しかし母はもともとあまり心臓がよくないので、沢子がそれに望みをかけたということもありえます。
また、沢子の言葉も不審な点が沢山あります。
お母さんの足をさすっていたら、お母さんが苦しがる声がしました。
驚いてお顔を見ようとしたときに、お母さんの心臓の付近にムカデが這っているのを見つけました。
というのですが、そのとき継母は胸をあらわにしていたわけではありません。
継母は寝間着を着ていたわけですから、寝間着の下を這っていたはずのムカデを偶然見かけたというのはおかしいのです。
沢子は前からムカデが継母の胸の上にいたことを知っていたのではないでしょうか?
糺(ただす)は
と思っています。
しかし糺(ただす)は長い間、こういうわけだったのではないか? と沢子を疑っていたのでした。