谷崎潤一郎『夢の浮橋』

その後

継母が亡くなってから三年がたちました。

糺(ただす)は大学を卒業し、父が重役をしていた銀行の行員になりました。

また考えるところがあって沢子と離縁しました。

沢子と離縁すると同時に、子供のころからの思い出いっぱいの屋敷を人に譲って、小さな家に移りました。

そして山奥に養子にやられていた弟の武を連れ戻して一緒に暮らすことにしました。

武の世話は故郷に帰っている乳母に頼むことにしました。

乳母は

そう云うことなら、もう一度ちっさいぼんちゃんのお相手をさせて戴きましょう。

と出てきてくれました。

武は今年七歳、小学校の一年生です。

連れ戻した当初はなかなか糺(ただす)や乳母になついてくれなかった武でしたが、今ではすっかり親しみ深くなりました。

糺(ただす)にとって一番嬉しいことは、武の顔が継母にそっくりなこと。

それのみならず武は継母のあの鷹揚な、物にこせつかない性分を受け継いでいるらしいのでした。

糺(ただす)は二度と妻を娶るつもりはありません。

継母の形見の武とともにこの先長く暮らして行きたいと考えています。

糺(ただす)は幼くして生母をなくし、若くして父と継母をなくしました。

せめて武が一人前になるまでは生きながらえて、弟には自分のような寂しい思いをさせたくないと願っているのです。

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