谷崎潤一郎『夢の浮橋』

糺(ただす)に弟ができる。しかし……

乳母が実家に帰った次の年の正月のことでした。

糺(ただす)はもう二十歳になっています。

継母は身重になります。

二十年間一人っ子だった、糺(ただす)は初めて兄弟ができると聞いて大喜びです。

しかし父と継母そんなに嬉しそうではないのです。

継母は

今になってこんな大きいお腹して恥しことやわ
とか
三十越えてからの初産は重いちうやあらしまへんか
と不満そうです。

また

私には糺(ただす)さんという息子がいるから、それで結構だわ。

こんな年行ってから赤ちゃんを産みたいと思わない。

と言うのです。

父も継母も糺(ただす)の前で生まれて来る子の話をしたがらないのでした。

糺(ただす)がその話題を出しても二人とも浮かぬ顔をしています。

やがて継母は無事に男の子を生みました。

男の子は「武」と名づけられました。

しかしお産があってから半月ばかり後のことでした。

糺(ただす)が学校から帰ってくると武が家にいません。

糺(ただす)が

お父さん、武はどこへ行ったんです
と尋ねると、父は武は養子にやってしまったといいます。

父によると

これにはいろんな訳があってなあ、いずれお前にも分って貰える時があると思うけど、まあ今のとこ、あんまりひつこう聞かんといとくれ。

これはわし一人の考から出たこっちゃない、あの児が生まれると決った日イから、お母さんとも毎晩毎晩相談し合うた上のこっちゃさかい、わしよりもお母さんの方がそうして欲しい云うてたんや。

とのことでした。

糺が継母にこのことを尋ねます。

お母さん、これは一体どういうこと?

しかし継母はいつも通りの落ち着いた様子です。

子供は糺(ただす)さん一人で結構っていつも言っていたじゃないの。

かけがえのない生まれたばかりの最愛の息子を奪い去られた母親の悲しみらしいものを強いて押し隠しているにしては、あまりにも曇りのない眼をしています。

糺(ただす)はショックでその晩は眠れませんでした。

武が養子に行った家は田舎の農家でした。

交通が不便で、あたりいっぺんがススキがぼうぼうと生い茂った淋しい場所でした。

糺(ただす)の先祖の誰かがこの家に養子に行ったことがあったらしく、数代前から糺(ただす)の家と付き合いがあります。

糺(ただす)は数日後、武が養子に行った家を一人で訪れます。

糺(ただす)は何も知らない赤子の弟が、暮らしぶりも家柄も格差がありすぎる家に養子にやらされたことが不憫でなりませんでした。

朝早く家をたって、昼前にはその農家につきました。

すると野良から帰ってきた主人夫婦に会うことができましたが、彼らの答えは

武さんはここにいやはりまへん。
というものでした。

聞くと、武はもっと遠い田舎に預けられたというのです。

わけを聞くと夫婦はこう言います。

あいにく私たちの家には、今乳の出る女がいない。

それにお宅の旦那様も奥様も、ここよりもっと遠いところへ養子にやりたいとおっしゃるので。

糺(ただす)が、それはいったいどこですか?と夫婦にたずねても

旦那様と奥様が万が一若旦那様がいらっしゃっても、言ってはいけないとおっしゃってたのです
と教えてくれません。

糺(ただす)がなんとか聞き出すと、武はこの村よりもさらに山奥に預けられたとのことでした。

夫婦が教えてくれたのは村の名前だけでした。

家の名前は教えてくれません。

手掛かりが村の名前だけでは、武の居場所をつきとめるのは難しいだろうとあきらめ、糺(ただす)はその日は家に戻りました。

それから二三日の間、糺(ただす)は父母と、気まずい気持ちで夕餉の膳に向かい、互いにあまり話しませんでした。

お互いに武の話題を出すことはもうありませんでした。

継母は乳が張って困るらしく、ときどき姿を隠して搾乳機で乳を搾っています。

また父は最近体調がよくない様子です。

糺(ただす)は近いうちにやはり弟が預けられたという山村にいってみたい、どうやって両親に内緒で行こうか? と考えています。