谷崎潤一郎『夢の浮橋』

なんと継母の! 衝撃の場面

ある日のことでした。

糺(ただす)がある部屋に置いてある本を読みたいと思って、その部屋に入ろうとすると、継母が搾乳機で乳を搾っているのに出くわしました。

継母がいつもとは違う場所で乳を搾っていたので思いがけなく居合わせてしまったのです。

胸をはだけている継母の二つの乳房を真正面から見てしった糺(ただす)は、はっとして庭へ降りようとします。

継母は

糺さん、まあそこにおいいな
といつもの落ち着いた様子です。

糺(ただす)が

また後でくるよ、こんなとこにお母さんがいると思わなかった
と狼狽しながら部屋を出ようとすると
継母は
行かいでもええ、もう直き済む、そこにおいいな
と止めます。

そして

これ見て御覧なさい、こんなに乳が張って、痛くて痛くてたまらないの
と糺(ただす)に話しかけます。

糺(ただす)が黙っていると、継母は左の乳房に当てていた搾乳機を右の乳房に当て、こう言いました。

あなた十三か十四のころまで、この乳を舐っていたのを覚えているでしょう?

どんなに吸っても出ないって、駄々をこねていたわね。

ガラスの容器の中で乳房がいっぱいに膨れ上がり、乳が乳首から幾筋にもなって吹き出ました。

継母はそれをコップに移して糺(ただす)の前に差し出します。

今にややが出来て、乳が仰山出るようになったら糺さんにも吸わしたげるて、云うたことがあったえな、なあ糺さん

そな、これ飲んどおみ

継母にそう言われると、糺(ただす)の手が本人の意思とは関係なく勝手に動きました。

糺(ただす)は継母の乳の入ったコップを受け取り、甘く白い乳を口の中に含んでいました。

継母はこう言います。

どうえ、昔の味思い出したか。

あんた五つになるまで前のお母さんの乳吸うておいたそうやないか

あんた今でも乳吸うたりお出来るやろか、吸えるのやったら吸わしたげるえ

そして自分の乳房をつかんで乳首を糺(ただす)の方へ向けます。

吸えるかどうか試しとおみ

糺(ただす)は継母の乳を口に含むとそれを舐りました。

最初はなかなか乳が出てきてくれなかったのですが、舐っているうちに昔の動作を思い出して、こんこんと舐り吸いました。

そして思わず

お母ちゃん!
と、甘ったれた声を出しました。

ちなみに、この時糺(ただす)二十歳、継母三十二歳。

糺(ただす)の背の高さは継母より四五寸高い。

二人はこうやって半時間ほど抱き合っていました。

継母が

もう今日はこれでええやろ
と乳房を糺(ただす)の口から引き離すと、糺(ただす)は継母を突き抜けるようにして縁側から降り、物も言わずに庭へ逃げました。

糺(ただす)は継母はいったいどういうつもりだったのだろう? と考えます。

僕と継母が搾乳中に出くわしたのは偶然だから継母が計画的に仕組んだことではないだろう。

すると継母は突然僕に行き会い、急に僕を狼狽させて困らせてみたくなったのだろうか?

一種の出来心であんな悪戯をする気持ちになったのだろうか?

それにしては継母はずいぶんと落ち着き払っていた。

僕をからかおうとか誘惑しようという気はなくて、僕のことを身なりは大きくなっても十三四の時と同じように思っているのかもしれない。

継母が何を考えているかは謎です。

いっぽう自分がとった行動も自分でも思いがけないものでした。

思いもかけず継母の乳房を真正面から見た瞬間、たちまち懐かしい夢の世界が戻ってきて、さらに継母に誘われてあんなことをしてしまった。

といっても自分でも異常なことをしたのはわかっている。

僕にあんな狂気じみた心があったのだ。

という驚きと恥かしさに身の置き所がありません。

糺(ただす)は池の周りを一人でぐるぐると回っていました。

恥かしい、もうあんなことをしたくないと思いつつも、もう一度、いや二度、三度もあんなことをしてみたいという気もしました。

またあの状態に置かれて、継母から誘いをかけられたら僕は拒む勇気はないだろう
とも思います。