谷崎潤一郎『魔術師』耽美な名作

魔術師の怪しい美貌

魔術師は子供のように顔を赤らめながら可愛らしい恥じらいを含んだ低い声で今から取り掛かる魔法の説明をしました。

……さて今晩の大詰の演技として、

私は茲に最も興味ある、最も不可解な幻術を、

諸君に御紹介したいと思います。

 

此の幻術は、仮りに『人身変形法』と名づけてありますが、

つまり私の呪文の力で任意の人間の肉体を即坐に任意の他の物体

鳥にでも虫にでも、

獣にでも、若しくは如何なる無生物、

たとえば水、酒のような液体にでも、

諸君のお望みなさる通りに変形させてしまうのです。

 

或は又全身でなくとも、

首とか足とか、肩とか臀とか、

ある一局部だけを限って、

変形させる事も出来ます….

主人公は魔術師の言葉よりも、むしろその美しい容貌に心を奪われました。

彼がたぐいまれなる美貌の持ち主であることは彼女から聞いていました。

しかし魔術師を目の前にしてみると、主人公が予想していたような美男子とはちょっと違います。

主人公は魔術師は若い男性と思っていたのですが、実際彼を目の前にしてみると、彼がいったい男か女かはっきりしません。

女性からみたら絶世の美男子に見えるのですが、男性から見たら絶世の美女に見えるのです。

彼の姿には男性美と女性美が見事に融合されているのでした。

十五六歳のまだ性的特徴が発達しきらない少女、あるいは少年の体質によく似ていました。

また彼の外見から彼がどの人種に属するか判別することはできないのでした。

しいて言えば世界の中でも美人の産地といわれているカフカス人に少し似ているといえるかもしれません。

彼の肉体はあらゆる人種の長所と美点ばかりから成り立った最も完全な人間美の表象といえました。