谷崎潤一郎『人面疽』あらすじ 感想

あらすじ

アメリカ帰りの女優、歌川百合枝

歌川百合枝は、最近アメリカから日本に帰ってきたばかりの映画女優です。
百合枝は欧米の女優にも負けないぐらい、たっぷりした滑らかな肢体と、西洋流の嬌態に東洋風の清楚をプラスした美貌の持ち主。
また日本人女性には珍しいほど活発です。
かなり冒険的な撮影にも笑って従事するだけの、胆力と身軽さをもっていました。
アメリカの映画会社所属時代には女賊とか、毒婦とか、女探偵とか妖艶で、俊敏な動作を必要とする役を得意としていました。
「武士の娘」というタイトルの作品で、ヨーロッパとアジア大陸を股にかける女スパイを演じたこともあります。
アメリカの映画に登場する彼女は、しだいに日本でも注目されるようになりました。
そこで昨年、東京の映画会社「日東活動写真会社」の招聘を受けて、前例のない高給をもって迎えるという条件で、日本に戻ってきたのです。

不思議な映画の噂

さてそんな逆輸入女優、歌川百合枝に最近不可解なことがあります。
百合枝は近頃、自分が女主人公となって活躍している映画が東京の場末のあまり有名ではない映画館で上映されているという噂を聞いていました。
それは彼女がアメリカの映画会社に所属していたころに撮影されたものらしいのです。
タイトルは邦題は「執念」英語のタイトルは「人間の顔を持ったできもの」です。
かなり長い映画で、非常に芸術的で、憂鬱にして怪奇を極めた作品として評判らしいのです。
しかし百合枝はアメリカにいるときに、そんなタイトルの映画に出演をした記憶はありません。

映画『執念』

その映画のストーリーは下記のようなものらしいのですが……
舞台はある温かい、広重の絵の様になまめかしい、南国の海に面した日本の港……
おそらく長崎……
ヒロインは、入り江に沿った街道の遊郭に住む、あやめ太夫という花魁(おいらん)。
あやめ太夫は町中で第一の美女と歌われています。
彼女は毎日夕方になると、どこともなく聞こえてくる尺八の音に誘われて、湾内の景色を望む妓楼の三階に姿を現します。
そのあでやかな様子は、竜宮の乙姫のようでした。
あやめ太夫は欄干にもたれて、恍惚と尺八の音に耳を傾けます。
尺八の主は前々からあやめ太夫に恋い焦がれている、卑しい汚い物乞いでした。
せめて男と生まれたからには一晩でよいから、あやめ太夫の情けを受けて、心おきなくこの世を去りたい。
物乞いは人知れずそう願いながら尺八を吹き、あやめ太夫の顔を垣間見るのを楽しみに暮らしていたのでした。
ところであやめ太夫には恋人がいました。
それは昨年の春の末に、この港に碇泊したアメリカの商船の船員でした。
あやめ太夫は明けても暮れてもそのアメリカ人のことを思って、再会の約束をした今年の秋を待ちわびているのです。
そんなわけで、あやめ太夫は、物乞いの吹く尺八の音に感傷的になりながら、沖の帆を眺め物思いに沈むのです。
映画はこんな冒頭で始まります。

船員とあやめ太夫が物乞いを騙す

さて、秋になり、アメリカ人の船員があやめ太夫の暮らす港に戻ってきました。
船員はあやめ太夫をアメリカに連れていきたいのですが、彼には莫大な身請けの金を工面することはとてもできません。
しかたがないので、船員はあやめ太夫を遊郭から盗み出した上、商船の底に隠して、アメリカに密航させようと考えました。
船員の計画は以下のようなものでした。
まず、例の尺八吹きの物乞いに協力してもらうことに決めます。
或る夜、ひそかにあやめ太夫が妓楼の裏口から忍んで出ると、そこに待ち構えている船員があやめ太夫をトランクに入れて、荷車に積む。
船員はトランクを物乞いに預けたまま、自分は何食わぬ顔で商船に帰る。
物乞いは町はずれの寂しい浜辺へ、あやめ太夫を入れたトランクを荷車に乗せて持っていく。
物乞いは彼が毎晩雨露をしのいでいる古寺の空き家で、トランクに入れたままあやめ太夫を数日かくまっておく。
数日後、船員が夜更けに一艘のはしけを、寺のがけ下の波うち際にこぎよせる。
船員は物乞いの手からトランクを受け取り、首尾よく商船へ積み込む。
以上のような計画でした。
物乞いは喜んで、船員の頼みに協力することに同意しました。
しかしその代わりに物乞いは船員に金銭以外の報酬を要求します。
それは……

華魁の爲めに働くことなら、私はたとひ命を捨て人も惜しいとは思ひません。
かなはぬ恋に苦しんで居るより、私はいっそ、華魁がそれ程までに慕って居るあなたの為めに力を貸して、お二人の恋を遂げさせて進ぜませう。
それが私の、華魁に對するせめてもの心づくしです。
けれどもあなたが、此の見すぼらしい乞食の衷情を、若し少しでも可哀さうだと思し召して下すったら、幸ひ花魁をあの古寺へ匿って置く間だけ、或はたった一と晚だけでも、どうぞ體を私の自由にさせて下さい。
後生一生のお願ひでございます。……

……去年の春、あなたの船が此の港を立ち去ってから、毎日 毎日、お部屋の欄干の下にたたずんで、笛を吹いては華魁の心を慰めて上げたのも私でございます。
物乞いにしては身の程を知らぬ、勿體ないやうなお願ひでございますが、お聞き届けて下すったら、私は死んでも本望でございます。
萬一惡事が露顕しても、罪は私が一人で背負って、何處までもあなた方をお助け申しませう

船員はここまで頼まれたら、にべなく拒絶するわけにもいきません。
あやめ太夫は自分の大切な恋人ではあるものの、遊女です。
どうせ今迄多くの男の相手をしたことがあるわけですから、此の物乞いの親切に報いるために、一夜、二夜の情けを売っても差しつかえないだろう、と考えます。
しかし船員からこの話を聞かされたあやめ太夫は連子格子(れんじこうし)の隙間から物乞いをちらりと見ただけで震え上がります。

(あやめ太夫)
冗談じゃないわ!
あんなきたない物乞いなんかと嫌よ!

あやめ太夫は遊女と言っても最高級の花魁です。
一晩とはいえ、不潔で醜い物乞いに身をまかせるなんて、死ぬほどつらいことなのです。
(船員)
君がそんなに嫌なら、しかたがない。
可哀そうだけれど、彼を騙すことにしよう……

計画を決行する日となりました。
船員はあやめ太夫の入ったトランクを物乞いに預けます。
物乞いはトランクを荷車に積んで、すみかの古寺に運びます。
物乞いは積年の望みが叶うのを前にして、ルンルン!
いや彼は思いを遂げたら命を絶つ覚悟なぐらいでしたから、もっと切羽詰まった思いだったかもしれません。
物乞いはあやめ太夫のトランクをすみかの古寺に運びこむと、トランクの蓋を開けようとします。
(物乞い)
ああ! いとしのあやめ太夫!!
……あれ?

トランクには厳重な鍵がかけられていてどうしても開けられません。
物乞いはトランクにしがみついて、中のあやめ太夫を相手に、一晩中、船員への恨み言を述べました。
(物乞い)
ひどいや……ひどいや……あいつは俺を騙したんだ……

(あやめ太夫)
彼は、悪気があってあなたを騙したわけではないのよ……
きっと慌てて、あなたに鍵を渡すのを忘れたのだわ。
今に彼がやってきたら、このトランクを開けさせて、あなたの望みをかなえてあげるから……

あやめ太夫が物乞いをなだめすかしているうちに二三日たち、船員がやってきました。
明け方に古寺へやってきた船員は、物乞いに向かって鍵を忘れたことを何度か謝罪した後こんなひどいことを言います。
もうじき、商船がイカリを上げて、港を出帆しようとしている。
とてもお前の願いをかなえてやる暇はないから、どうかこれで勘弁してくれ

船員は物乞いに向かって、ぽいっと、若干の金包みを投げ与えました。
もちろん物乞いはそれで満足するわけはありません。

此の後長く華魁の姿を見ることの出來ない世の中に、生きて居ても仕様がないから、私は望みがかなったら、海に身を沈めて死なうとまで決心して居た。
それだのにあなた方は、酷くも私を欺したのだ。
さほど花魁が私をお嫌ひなさるなら、無理にとはお願ひ申しますまい。
その代り、どうぞ今生の思ひ出に、一と眼なりともお顔を拝ませて下さいまし。
せめて華魁の、黄金の刺繍をしたきらびやかなキモノの帯になりとも、最後の接吻をさせて下さいまし

物乞いは繰り返しこう頼みますが、
あやめ太夫は

絶対に、このかばんを開けてはだめよ!
早くこの物乞いを追い払って私を船へ乗せて頂戴!

と断固嫌がります。
(船員)
あなたには気の毒ですが、彼女がああ言っているのでしかたがない。
それに残念ながら今日は僕もトランクの鍵を持ってこなかった。

(物乞い)
よろしうございます。
そういわけなら、私は今、あなたの目の前でこの海岸から身を投げます。
ですが私は死んでもあやめ太夫に会わずにはおきません。
会って恨みを言わずにはおきません。

(あやめ太夫 トランクの中から)
死ぬなら勝手にお死に!

(物乞い)
私が死んだら、私の執拗な妄念は、私の醜い面影は、花魁の肉の中に食い入って、一生おそばに付きまとっているでしょう。
その時になって、どんなに後悔なさっても及びませぬぞ。

物乞いはそう言ったかと思うと、寺の前の崖の上から、海へ飛び込んでしまいました。

物乞いのうらみ

さてあやめ太夫はトランクの中に入ったまま、種々雑多な荷物と一緒に船底の片隅に放り込まれます。
彼女はトランクに蓄えられている水とパンで命を繋ぎながら、窮屈な鞄の中に、両膝を抱えて膝がしらの上にうなじを伏せて、身を縮めています。
二日たち、三日たつうちに、右の膝がしらに妙なできものが噴出して恐ろしく膨れ上がってきます。
不思議なことにちっとも痛みを感じません。
できものは次第に顔の形になっていきます。
そして恐ろしいことに、その人の顔の形をしたできものは、あの物乞いにそっくりなのです。
アメリカについてからのあやめ太夫の運命は悲惨なものでした。
あやめ太夫と恋人の船員はサン・フランシスコの場末の町で間借りをして暮らしていました。
あやめ太夫は船員にはできもののことは固く秘密にしていました。
船員は近頃しきりに陰気になったあやめ太夫を不信に思いながら、それとなく注意していました。
或る晩偶然、船員は、あやめ太夫の膝の人面のできものを発見してしまいます。
船員は恐ろしさにあやめ太夫を捨てて逃げ去ろうとします。
あやめ太夫は恋人を逃がすまいと激しく格闘します。
ふとした拍子にあやまって、あやめ太夫は船員の喉を締めて命を奪ってしまいます。
(あやめ太夫の体には怨霊がのりううっていて、無意識のうちにそれほどの腕力を出させたのである)
恋人をあやめてしまったあやめ太夫が放心していると、格闘の結果ずたずたに裂けたガウンの割れ目から人面のできものがにやにやと気味悪く笑っています。
この事件以来、あやめ太夫は急に性格が変わりました。
彼女は恐ろしく多情な大胆な毒婦になるとともに、以前に倍増する妖しい美しさを持つようになりました。
次から次へと様々な西洋人を騙しては、金を巻き上げ、命をも奪い取ります。
折々、自分の犯した罪の幻に責められて、夜中にはっと目を覚まします。
そのたびに何とかして改心しようとはするのです。
しかしいつも人面のできものが邪魔をして、彼女の臆病をあざけり、悪事をそののかすのでなかなか悪事をやめることができません。
あやめ太夫はあるときは売春婦になり、或る時は寄席芸人になります。
舞台はサンフランシスコからニューヨークにうつります。
欧州の各国からやってきた、貴族や富豪や外交官など身分の高い紳士たちが彼女に魅せられ、生き血を吸われます。
彼女は壮麗な邸宅に住み、自動車を乗り回します。
貴婦人と見まがうばかりの豪奢な暮らしをしていますが、孤独なときは相変わらず良心の呵責に悩まされています。
しかし悩まされれれば悩まされるほど彼女は美しくなっていくのでした。
あやめ太夫は最後に某国の若い侯爵と恋に落ちて、結婚します。
そのまま侯爵の奥方として暮らすことができるなら、この上のない幸運ですが、そうは問屋がおろしません。
或る晩、新婚の侯爵夫婦が大勢の客を招いて大夜会を催した折でした。
そこで彼女は大勢の見ている場所で、人面のできものをあらわにしてしまったのです。
彼女は普段はできものにガーゼをあてて上から固い靴下をぴったりとはいて、人の前ではいかなる場合でも膝をあらわにしませんでした。
しかしその夜彼女が舞踏室で夢中になって踊り狂っている最中に、真っ赤な血が突然彼女の純白なドレスに染み出しててきたのです。
それでも彼女はまだ気が付かずに跳ね回っていましたが、日頃から妻が膝に包帯をするのを不思議に思っていた侯爵が何気なく傍へ寄って傷に目を止めました。
侯爵はついに妻の膝の上の人面のできものを見つけます。
人面のできものは自ら歯でドレスを食い破って長い舌を出して、眼から鼻から血を流しながらげらげら笑っています。
それに気が付いたあやめ太夫はその場で発狂します。
彼女は自分の寝室へ駆け込むと同時にナイフを胸に突き刺しつつ寝室の上へ仰向けに倒れます。
こうしてあやめ太夫は命を失いましたが、人面のできものだけは生きているらしく、いまだに笑い続けています。

映画の謎

さてこのような内容の映画らしいのですが、普通の映画とはちょっと違います。
当時の映画は、通常映画の初めに原作者並びに、舞台監督の姓名と、主要な役者の本名と役割が書かれた番付が現れます。
しかし不思議なことに、この映画では主演の歌川百合枝の名前だけが麗々しく紹介されて、その他の情報は一切書かれていません。
ちなみに映画は侯爵夫人と花魁の衣装をつけた百合枝の挨拶で始まります。
また笛吹きの男の役者は今迄かつて見覚えのない顔で、また俳優の紹介もされていません。
また百合枝はいままでそんな映画に出た覚えはさっぱりないのでした。
もっとも映画というのは普通の芝居のようにあらすじ順に撮るわけではありません。
台本の中から手あたり次第に場面を選んで、その時の都合によって台本の中から手あたりしだいに場面を選んで写していくのです。
場合によっては一つの場所で一度に二三本の映画の場面をとることもありました。
また役者は自分の演じている映画の筋を知らないことも多いのです。
特に百合枝が所属していたアメリカの映画会社、「グロオブ会社」では、俳優には撮影前には映画の筋を知らせない主義でした。
そういうわけで百合枝はグロオブ会社にいる四五年のうちに、無数の撮影をしたわけですが、それが結局どの映画になったのかわかっていないのでした。
たしかに彼女は今迄に何回となく、花魁や貴婦人に扮装した覚えがあります。
また女賊や女探偵、女スパイを得意としていたわけですから、トランクの中に隠れたり、男を翻弄したり、殺害したり、といった光景も数えきれないほど演じています。
だからそれが組み合わさって、この映画になったとしてもおかしくはないのです。
しかしそうはいっても、後日完成された映画を見るなり、筋を聞くなりすれば、たいてい

あの時写したのがあれだった

と思い当たるのが常でした。
それにそんなに傑出した映画なら、百合枝が今迄見たこともなく、存在すら知らなかったというのは奇妙です。
というのは百合枝は自分が演じた映画を見るのが何より好き。
たとえどんな短いフィルムでも自分が出演した映画は一つ残らず目を通しているはずです。
またそれほど芸術的で優秀な映画が長く世間に認められずにいて、このごろふいと場末の映画館をめぐっているというのも不思議です。
いつその映画は日本へ輸入されたのでしょう?
そしてなんという会社の手によってどこで封切されたのでしょう?
また東京の場末に現れる前は何処をうろうろしていたのでしょう?
百合枝はためしに、同じ会社に勤めている俳優や、事務員に聞いてみましたが、誰もそんなものは知らないと言います。
おりがあったら、一遍見に行きたいと思っていながら、何分遠い場末の町にかかっていて、今日は青山、明日は品川、というふうに始終ぐるぐる回っているために、いつも機会を逃してしまいます。
なかなかその映画を見ることができないと思うと、その映画に対する百合枝の好奇心はますます募りました。
グロオブ会社にはジェファソンという「焼き込み」(映画を合成して現実にはあり得ない場面をつくること)の上手な技師がいて、盛んにトリック写真を制作していました。
おそらく人面のできものも、ジェファソンの技術によって出来上がったものでしょう。
あの快活でひょうきんなジェファソンさんのことだから、きっと私をびっくりさせるつもりで、思い切って大胆な細工をほどこしたことでしょう。
できものの箇所以外にも予想外な微妙なトリックを全篇いたるところに応用したことでしょう。
それを思うと、私はやっぱりその映画を見ずにはいられないわ。

また百合枝は笛吹きの物乞いを演じた日本人の俳優についても、深い疑念を抱かずには居られませんでした。
百合枝が所属していた頃、グロオブ会社に雇われていた日本人俳優は三人しかいませんでした。
百合枝は物乞いに扮したその三人のうちのだれかと一緒に、長崎のような港湾を背景にカメラの前に立った覚えはないのでした。

高級事務員H

百合枝は

もしかしたらあの人なら知っているかもしれないわ

と思いあたり、日東写真会社に古くから勤めている、高級事務員のHという男に聞いてみることにしました。
Hは外国会社との取引に関する通信や、英語の映画雑誌や筋書きの翻訳に従事しています。
日本に渡ってきたアメリカのフィルムの作成年代や輸入の経路や、中に現れる俳優の経歴について詳しいようです。
ある日百合枝はHの事務所を訪ねます。
(H)
……あの映画のことですか?
僕はまんざら知らなくもありませんが
….そうすると、あなた御自身にも、あの写真を撮影された覚えがないのですね。
あれは不思議な、変な映画です。
実はあれについて、僕もあなたにおたずねしたいと、とうから思っていたのですが、他聞を憚る事でもあり、それに少し気味の悪い話なので、お伺いする機会がありませんでした。
今日は幸い誰も居ませんから、お話してようござんすが、聞いた後で、気持ちを悪くなさらないように願います

(百合枝)
大丈夫よ。
そんな恐い話なら猶聞きたいわ。

(H)
……あのフイルムは、実はこの会社の所有に属しているもので、この間中しばらく場末の常設館へ貸して置いたのです。
あれを会社が買ったのは、たしかあなたがアメリカからお帰りになる、一と月ばかり前でした。
それもグロオブ会社から直接買ったのではなく、横浜の或るフランス人が売りにきたのです。
フランス人は、外の沢山のフイルムと一緒に、あれを手に入れて、長らく家庭の道楽に使って居たようです。
フランス人が買った以前にも、中国や 南洋の植民地で散々使われたものらしく、大分傷が附いて、傷んで居ました。
しかし会社では、『武士の娘』以來、あなたの人気が素晴らしい際でもあり、あなたが会社へ來て下さるという契約の整った時でしたから、―それに又、傷んでは居るが非常に抜けのいい、あなたの物としても特別の味わいのある、毛色の変った写真でしたから、法外に高い値段で買い取ったのです。
ところが、買い取ってから間もなく、あの映画について奇妙な噂が立ちました。
あの映画を夜遅く、たった一人で静かな部屋で写してみると、かなり大胆な男でもとても最後まで見ていられないような、ある恐ろしい事件がおこるというのです。

その事件とは下記のようなものでした。
以前会社に雇われていたMという技師がフィルムの曇りを修正するために、或る晩あの映画を映しながら、傷を調べていた時にその事件は起こりました。
最初は他の社員は誰もMの言葉を信用しなかったのですが、その後物好きな連中が二三人で代わるがわる見てみたところ、
確かに怪しい。あの写真は化け物だ

という騒ぎになりました。
そしてその後Mという技師はだんだん気が変になり、ほどなく会社をやめました。
またM以外の物好きに実験した社員たちもそれから毎晩夢にうなされたり、訳のわからないふらふら病に取りつかれたり、合点のいかない出来事が引き続きで起こるのでした。
社長も実験した一人ですが、その後、半月ばかり病名の分からない熱病にかかったそうです。
社長は迷信深い神経質な人です。
こんなことを主張しだしました。
(社長)
歌川百合枝の雇い入れの契約を破棄しよう。
あのフィルムも売り払おう。

しかしそれには反対する人が多かったのです。
(社員A)
あのフィルムはそうとうな高値で買い入れたものです。
それを損をする値段で売却する必要はないでしょう。

(社員B)
歌川百合枝には多額の前金を払っています。
いまさら契約を破棄するのはもったいないじゃないですか。

(社員C)
あの映画の怪異は深夜一人で見るときだけに起こるのです。
大勢の人がいる映画館で見る分には何も問題はないはずです。

そこで「日東活動写真会社」は歌川百合枝との契約は続行することにしました
また、例のフィルムは当分の間、よその会社へ貸すことにして、相当の値で買い手がつくのを待つことにしました。
本当はどこか大きな会社に貸すつもりでしたが、近年、会社同士の競争や軋轢が激しい状況です。
大きな会社はライバルである「日東活動写真会社」のフィルムなんか借りてくれません。
そこでフィルムは地方の小さな常設館に貸しました。
広告がろくにされなかったため、あれだけすぐれた映画がどこでも一遍も評判にならずにすんでしまいました。
それがこのごろは関西を一回りして東京の場末で上映されるようになったのです。
ところでHは深夜に映画を一人で見る、ということはやっていないものの、警察官や新聞記者をたちあわせての試写会をやったときに、全篇の映画を詳細に見ました。
その時Hはあの日本人俳優はおかしいと思ったそうです。

(H)
ほかの出演者については映画通の僕は皆知っています。
けれでもあの物乞い役の日本人俳優だけは、一度も見たことのない役者でしたよ。
焼き込みということも考えたのですが、焼き込みではどうしても、不可能な場面がありました。

そこでHはグロオブ社に問い合わせの手紙を出しました。。
回答は下記のようなものでした。
「人面のできもの」という表題の映画を作ったことはない。
しかしその劇の中に現れているような場面をところどころに使って、それに多少に通った筋の映画を作ったことはたしかにある。
だから何者かがそのフィルムへ他のフィルムの断片を混ぜ込んだり、あるいは一部分の修正や焼き込みを行って、そういう偽物を
製造したのではないだろうか?
またミス ユリエと同時期に弊社が雇っていた日本人俳優はおっしゃる通りにS、K、Cだけだが、彼女の在勤以前に日本人俳優が二三人雇われていたこともあるし、最近には新たに雇ったのが五六人いる。
ゆえに弊社においても彼女が顔を知らない日本人を彼女のフィルムに焼きこむことはありえないことではない。
また当会社ではかなり困難な破天荒な焼き込みを行うことができるけど、その焼き込みがいかなる程度までいかにして可能であるかは、企業秘密なので、残念ながらお答えしかねる。
またお問い合わせのフィルムについては弊社でも捨てておけないので、参考のため、一度その作品を検査してみたいから、相当の代価をもって弊社へ譲り受けてもらいたい。

そいういうわけであの映画の正体はいまだわからずじまいなのです。
Hはこう言います。


(H)
しかしその映画の焼き込みにしろ編集にしろ、どれだけの技術と手間がかかることでしょう?
そんな面倒なことを金儲けのためにやったとは思われない。
ユリエさん。
あなた、アメリカにいた時に誰かに恨みを買うようなことをやっていませんか?
どうしてもあれはあなたに惚れていながら、散々嫌われたとか、欺かれたというような覚えのある人間に関係のあることですよ。
僕は必ずそうだと思います。
そういう男の怨念があの映画にとりついているのとしか思えません。

(百合枝)
わたしそんなこと知らないわよ。
それにしてもそのできものになる人間というのはどれほどのぶ男なの?

(H)
物乞い役の俳優は、恐ろしいぶ男ですよ。
色の真っ黒な、目のぎろりとした、でぶでぶした丸顔の、全くできもののような顔つきです。
笛吹の男の役の深刻を極めた演出といい、できものになってからの陰鬱な物凄い表情といい演技力も抜群です。
あれほど特徴的な顔つきと技量をもった俳優が無名だと言うのが一種の怪異です。

(百合枝)
怪事というのはどんな変なことがおこるの?


(H)
そもそも映画を夜中一人で見るだけで気味が悪い者だけど、あの映画は特別にですよ。
あの映画を見ていると、冒頭の笛吹の物乞いが現れる刹那から、胸を刺されるような総身に水を浴びるような気分を覚えて、ある尋常でない想像が襲ってくるのです。
そしてラストの侯爵夫人になったあやめ太夫が発狂して自殺するとき、百合絵さんの右の脚の半分が膝から爪の先まで大写しになるのですが、例の膝頭にふきでている出来物が最も深刻な表情を見せて、さもさも妄念を晴らしたように唇をゆがめながら一種独特な泣くような笑いかたをするのです。
その笑い声が映画を見ていると聞こえてくるのです(当時の映画はまだ無声です)
M技師の考えではそれは外部に余計な雑音があったり、注意が少しでも散っていると、聞こえないぐらいの声であるから、聴きとるにはかなり耳を澄ましている必要があるそうです。
「ことによるとその笑い声は映画が公衆の前で映写される場合にも聞こえているのかもしれないが、おそらく誰も気が付かずに済んでしまうのだろう」ということでした。

Hはこう続けます。
ところでこのフィルムですがグロオブ社に譲渡するために二三日前に場末の映画館からひきとって、ここの棚に置いてあるのですよ。
社内で映写することは社長に厳禁にされていますけど、フィルムのままでご覧になるなら差し支えはありません。
いかがです。
ちょっとご覧になりますか?
その物乞いの顔をみるだけでもなにか手掛かりがつかめるかも……

Hはフィルムの入った缶をもってきました。
ほら、御覧なさい。
これが物乞いの男です。

百合枝が見せられたのは、ラストの自害した侯爵夫人の膝で笑う人面のできものの顔です。
やはり百合枝には見覚えのない顔でした。
Hはこう言います。
一つどうしても焼き込みではダメなどころがあるのです。
これは五巻の真ん中ごろです。
あやめ太夫ができものに反抗して、なぐろうとすると、できものが彼女の手首にかみついて、右の親指の根本を歯と歯の間へ挟んで離すまいとしているのです。
あなたはさかんに五本の指をもがいて苦しがっています。
これなんぞはどうしたって焼き込みではできませんよ。

そういいながらHはフィルムを百合枝の手に渡してたばこに火をつけて、部屋の中を歩き回りつつ、独り言のように付け加えました。
……このフィルムが、グロオブ会社の所有になると、どういう運命になりますかな?
僕は抜け目のないあの会社のことだから、きっとこれを何本も複製して、今度は堂々と売り出すだろうと思います。
きっとそうするに違いありません。

感想

自分の姿が知らない間に使われている。
しかもそれが、なんとも不思議な怪奇映画となって出回っている。
そんな不気味なストーリー。
動画の編集や合成は現代ならもっと簡単にできますから、ある意味時代の先を行っている作品といえるかもしれません。
ただ物語自体は起承転結でいえば「起」、の部分で終わってしまっていてちょっと物足りなさを感じました。
それよりも小説の中で、架空の映画として紹介されるあやめ太夫と尺八吹きの物乞いの物語ほうが面白いですね。

彼女は遊女だから、物乞いに一晩身を任せるぐらい大したことじゃないだろう

と考える船員と、
あんなキタナイ物乞いと死んでもイヤ!

というあやめ太夫に男女の考え方の違いが表れています。
女性なら
あやめ太夫がそう考えるのは当然だ。
彼女はそれほど悪くない。
それより勝手に物乞いとそんな約束をする船員が悪い。

とあやめ太夫の気持ちがよくわかるのではないでしょうか?
わたしも
この物乞いも額を地面に擦り付けて懇願するぐらいなら、顔はしかたないとしても、おフロに入るなり、垢だらけの着物を着替えるなりして、少しでも彼女に嫌われないよう努力すればいいのに……
そのあたりに気が付かない頭の悪さがこの物乞いが物乞いをやっているゆえんなのだろう……

と思ってしまいました。
女ごころの分からない船員。
女性として当然の感覚「生理的にムリ」という感情に従っただけなのに不幸になってしまったあやめ太夫。
恋をかなえる手段が土下座することと、逆上することしか思いつかないなんとも残念な物乞い。
人間臭くて素朴な人々が繰り広げるどこかおかしみのあるストーリー。
トランクに入って密航するというのも、突っ込みどころ満載ですが、そのあたりが草創期の映画らしくほほえましいです。
画像は葉涙さんによる写真ACからの写真

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