谷崎潤一郎『魔術師』耽美な名作

公園の異様な光景

たどり着いた公園は、公園といっても見渡す限り丘もなく、森もありません。

人工の極致をつくした、奇怪な形の巨大な高層建築が、フェアリーランドの都のように甍を連ね、電飾をギラギラさせてそびえているのでした。

広場の中心に范然と彳立したまま、

其の壮観を見渡した私は、

先づ何よりも、天の半ばに光って居る Grand Circus と云う広告灯のイルミネエションに胆を奪われました。

其れは直径何十丈あるか分らない極めて尨大な観覧車の如きもので、

ちょうど車の軸のところに、

グランド、サアカスの二字が現れているのです。

 

そうして、数十本の車の輻には、

一面の電球が赫爍たる光箭を放ち、

さながら虚空に巨人の花傘を拡げたような環を描いて、

徐々に雄大に廻輾を続けて居ます。

 

而も一層驚く可き事は、

素肌も同然な肉体に軽羅を纏うた数百人のチヤリネの男女が、

炎々と輝く火の柱に攀じ登りつつ、

車の廻るに従って、上方の幅から下方の輻へと、

順次に間断なく飛び移って居る有様です。

 

遠くから其れを眺めると、

車輪全体へ鈴なりにぶらさがって居る人間が、

火の粉の降るように、

天使の舞うように、衣を翩々と翻えして、

明るい夜の空を翺翔して居るのでした。

 

私の注意を促したのは、

此の車ばかりでなく、

殆んど公園の上を蓋うて居る天空のあらゆる部分に、

奇怪なもの、道化たるもの、

怪麗なものの光の細工が、

永劫に消えぬ花火の如く、

蠢き閃き、のたくって居るのを認めました。

 

若しあの空の光景を、

両国の川開きを歓ぶ東京の市民や、

大文字山の火を珍しがる京都の住民に見せたなら、

どんなにびっくりすることでしょう。

 

私が其の時、ちょいと見渡したところだけでも、

未だに忘れられない程の放胆な模様や巧緻な線状が数限りなくあるのです。

 

たとえて云えば、其れは誰か人間以上の神通力を具備して居る悪魔があって、

空の帳に勝手気儘な落書きを試みたとも、

形容することが出来るでしょう。

リオのカーニバルやディズニーランドのエレクトロニカルパレードのようなものでしょうか?

こういったエンターティメントが、もっと華やかにさらに豪華に、というのを突き進めていったなら…

そしてそれを実現させる技術上の制限がないとしたら…

ついには、こんなことになりそうですね。

建物の形もかなりカオスです。

  • 日本の金閣寺風の伽藍
  • アラビア風の建物
  • ピサの斜塔を更に傾けたような塔
  • さかづき型に上へ行くほど膨らんでいる殿堂
  • 家全体を人間に模した建物
  • 紙屑のように歪んだ屋根
  • タコの脚のように曲がった柱
  • 波打つもの
  • 渦巻くもの
  • 弯屈するもの
  • 反り返ったもの

種々雑多な変わった建物がそろっており、めちゃくちゃです!

主人公が公園の異様な光景に恍惚としていると恋人に話しかけられます。

(彼女)
あなたは何が珍しくて、そんなに見惚れていらっしゃるの?

この公園へは度々お出でになったのでしょう?

主人公はこう答えます。

私は此処へ何度も来ている。

……だがしかし何度来ても私は見惚れずには居られないのだ。

其れ程私は此の公園が好きなのだ。

口ではこういうものの、主人公は本当にここにしょっちゅう来ているのか、それとも今日が初めてなのかはっきりしない感じです。

魔術師の小屋はここにあるのです。

さあ早く行きましょう!

と恋人に導かれて主人公はある奇怪なアーチをくぐりました。

それは鎌倉の大仏ほども大きい、真っ赤な鬼の首が、鋭い歯を見せて口を大きく開いていた形をしています。

そして鬼の上顎と下顎の間がアーチになっています。

二人は、アーチをくぐります。

アーチをくぐった後の風景はいままでに輪をかけて奇怪でした。

その風景を主人公は

其処には妙齢の女の顔が、腫物の為に膿みただれて居るような、美しさと醜さとの奇抜な融合があるのです。

と表現しています。

主人公は、歩みを進めるうちに、底知れぬ恐怖と不安を覚えて、幾度も引き返そうとしたほどでした。

しかしそんな主人公を前に進ませたのは恋人でした。

彼女は、主人公の心の憶するに従い、ますます軽快に子供のような無邪気な足どりで、勇ましく進んでいくのでした。

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