谷崎潤一郎『魔術師』耽美な名作

変身魔術

魔術師はこう語ります。

私は先づ試験的に此所に控えて居る六人の奴隷を使用して、

彼等を一々変形させて御覧に入れます。

 

しかし私の魔術のいかに神秘な、

いかに奇蹟的なものであるかを立証する為め、

私は是非共満場の紳士淑女が、

自ら奪って私の魔術にかかって頂く事を望みます。

 

既に私が此の公園で興行を開始してから、

今晩で二た月余りになりますが、

其の間毎夜のように観客中の有志の方々が、

常に多勢、私の為に進んで舞台へ登場され、

甘んじて魔術の犠牲となって下さいました。

 

犠牲――そうです。

 

其れはたしかに犠牲です。

 

尊き人間の姿を持ちながら、

私の法力に弄ばれ、犬となり豚となり、

石ころとなり糞土となって、

衆人環視のうちに恥を曝す勇気がなければ、

此の舞台へは来られない筈です。

 

にも拘らず、私は毎夜観客席に、

奇特な犠牲者を幾人でも発見する事が出来ました。

 

中には身分の卑しからぬ貴公子や貴婦人なども、

密かに犠牲者の間へ加わって居られると云う噂を聞きました。

 

それ故私は、今夜も亦例に依って、

沢山の有志家が続々と輩出せられる事を信じ、

且つ誇りとして居る次第なのです。

魔術師はそう誇らしげに言うと、玉座の前に膝まづいていた奴隷の中から一人の美女を呼び寄せました。

魔術師は美女奴隷にこう言いました。

お前は私の奴隷のうちでも、
一番私の気に入った、一番可愛らしい女だ。(中略)

 

お前は無かし、私の家来になった事を幸福に感じて居るだろう。

 

人間界の女王になるより、

魔の王国の奴隷になる方が、

遥かに幸福な事を悟っただろう。(中略)

 

お前は今夜は何になりたい?

私はお前が知って居る通り、

非常に慈悲深い王様だ。

 

何でもお前の望みのままにさせてやるから、

好きな物を言うがいい。

美女奴隷はこう答えました。

ああ王様、有り難うございます。

 

私は今夜美しい孔雀になって、

王様の玉座の上に輪を描きつつ、

飛び廻りとうこざいます。

美女奴隷はまるでインドの行者が神様に祈祷するように両手を高く天に掲げて合掌します。

魔術師は機嫌よく頷くと呪文を唱え始めました。

十分後には美女奴隷はすっかり孔雀にへと姿を変えました。

残りの五人の奴隷たちも同様にさまざまな物にすがたを変えます。

  • 豹の皮
  • 純銀の燭台
  • 二匹のちょうちょ

観客たちが呆然自失としていると魔術師は勝ち誇ったような顔をして観客たちに語りかけました。

どうですか皆さん、……誰方か犠牲者になる方はありませんか。